はじめまして。ショウタロウです。
昨年春に香川県に引っ越してきた新米香川県民です。
よろしくお願いいたします。
これまで国立公園の自然保護官や森のガイドを仕事としてきましたので、
三豊市内の自然の中での発見や楽しみ方を中心に
ご紹介させていただきたいと思います。
昨年、初めての香川で過ごす夏に早速取水制限を体験し、
香川県における水の貴重さを改めて感じました。
今回はその『香川のいのちの水』
香川用水が流れる香川用水記念公園「水の資料館」にて
公益財団法人かがわ水と緑の財団
香川用水記念公園管理課の山本洋一さんにお話を伺いました。
(水の記念館)
(取材にお答えいただいた山本洋一さん)
毎年6月11日(日)に香川用水記念公園で水口祭(みなくちさい)が行われます。
水口祭は、夏の灌漑(かんがい)期を迎えるにあたって、
先人の遺徳を称え、配水の安全と豊潤を祈願して毎年行われており
今年で33回目です(主催は香川用水土地改良区です)。
香川県全体を一つの水田として考えてみてください。
最初に香川県に水が入ってくる香川用水記念公園、
その場所を、その香川県という水田への水の取入口=水口(みなくち)に例え、
水口を祀る神事として、『水口祭』と名付けられています。
この水口祭の日から10月10日までの灌漑(かんがい)期は
農業用水がたくさん必要となるため、吉野川からの取水量が大幅に増やされます。
この日から農業用水が約3倍になり、水道用水、工業用水と合わせて
約1秒間に約8トンになり、7月11日からは1秒間に約15.8トンになります。
この香川用水を提唱したのは、
三豊市財田町出身の大久保ェ之丞
(おおくぼじんのじょう、1849〜1891年)です。
讃岐だけでなく瀬戸大橋や四国新道(現在の国道32号線、33号線)、
また現在のJR線の前身となった讃岐鉄道の開設などの
構想、実現に尽力した「四国の設計者」とも言われている郷土の偉人です。
(大久保ェ之丞)
ェ之丞は自ら山を歩きながら構想を練っていったそうですが、
その活躍した期間は35歳から42歳で亡くなるまでの約7年間ととても短いものでした。
その間、構想だけでなく現在の国道32号線の猪鼻峠(現在は猪鼻トンネル)の開削等にあたっては私財を投じ莫大な借金まで背負って尽力したそうです。
このような偉人の構想が形になり、現在の香川用水記念公園が誕生し、
香川県内の「水不足」は劇的に改良されてきています。
三豊市では、合併10周年を記念して、ェ之丞に関する15分間ほどのDVDを作成しました。
タイトル『四国の設計者 大久保ェ之丞』
希望すればこの資料館の1階映像展示室でいつでも見られます。
また3階ではェ之丞に関する常設展があるほか、
6月12日までの期間限定で特別パネル展
「四国の設計者 大久保ェ之丞展」も開催されています。
(常設展:3階)
(パネル展:1階)
パネル展では当時の貴重な資料はもちろん、
「新道開鑿(かいさく)起工式場略図」など
起工式会場の様子を描いたちょっと珍しい資料も見られます。
貴重な資料を見られるこの機会に、ぜひお寄りください!
私もDVD『四国の設計者 大久保ェ之丞』を見ました。
大久保ェ之丞は24歳の時に「西讃農民竹槍騒動」で自宅を焼き討ちにあっているそうです。
それにも関わらず彼は地域のために莫大な借金を背負ってまで
道路建設などに取り組み、わずか42歳でその生涯を終えています。
彼をそこまで突き動かしたものはなんだったのか、
さらに深く知りたいと思いました。
🚩大久保ェ之丞に関する過去の記事