お伝えしています アートでたんぼ
詳しくは過去ブログをご覧ください。
着々と準備が進んでるそうですよ。興味津々、ななこです。
アートでたんぼに当初からかかわっており、プロデューサーでもある、
こうの博さんにお話を伺ってきました。
*たんぼから見える哲学*
モダニズム(近代化)のアートではなく、原点を考える。
生産活動における負の部分を緩和する為に生まれた文化芸術・宗教・神様。
人間的生活を送ることで遠ざかっていく『自然』に直面する。
*「なぜ歌うのか。なぜ踊るのか。なぜアートするのか。」*
生産現場にあってこそアートの意味を見出すことができる。本当に生きてくる。
人間は生きていくための方法と生きている上での喜びが別々になってしまった上に、
大量生産することだけに力を使いすぎた為に、毎日がおもしろくない。
人間以外は、生きている感動に震えている。これはアート以外のなにものでもない。
*消尽『0にする生き方』*
10役立つことをすれば、10役に立たないことをしなければならない。
耐えて生きなければならない領域があってこそ、アートが確立できる。
生きることを楽しむ為には、楽しくないことを確保する必要がある。
増えもせず、減りもせず、0の状態のままで継続した生活を送ることの意味。
*百姓アート*
生産活動があれば、それに見合うだけの文化・芸術活動も在るべき。
不自然な行為を始めてしまった為に生まれたアート活動。お田植え祭や収穫祭も然り。
アートが絡んでいる農作物には、魂がある。
アートがあった場所に、お米が育つという面白さ。アートが何よりの肥料である。
いろーんなお話、聞くことができました。
あたしなりの言葉でまとめさせていただきました。
会場となるたんぼ。
ここにおっきなオブジェが立ったり
ステージを作ってそこで歌ったり、踊ったりするそうです。
手作りの窯では、おいしいもんを作るそうです。
なにが作られるかは、行ってからのお楽しみ^^☆
ぶらぶらと会場となるたんぼの中を歩きながら、
これは食べれるで、と自然からの贈り物をぱくり。
あたしたちは、本当にいろんな命をいただいているんだな、と
ひしひしと感じました。
そして、おもむろに1枚の葉っぱを手にするこうのさん。
「こうやって遊んびょったら、よく解らんけど笑えてくるやろ?
これも立派なアートなんやで。」と豪快に笑っていました。
会場に行けば、分かります。見えてきます、きっと。
自分を越えた自分、扉の向こう側の世界が広がってます。
みなさん、どろんこになりながら、自然に還ってみませんか?