昨年の秋頃、三豊市内で目にする機会の多かった
仁尾町のレモンを使った商品
初めて出会ったのは、9月の八朔人形まつり中の松賀屋の中でした。
八朔人形まつり期間中の松賀屋のイベントご紹介の記事はこちら
仁尾は、かんきつ類、特に『みかん』が有名ですが、
レモンを、しかも無農薬でクオリティーの高いレモンを育てている方がいると知り、
レモンの収穫の時期を伺うと・・・『1月頃』とのお返事
ということで、ずっと楽しみにしていた取材 『レモン農家』
みかんの産地として、知られている三豊市仁尾町の曽保地区
その曽保地区でで作られている国産のレモンのお話を伺ってきました
レモン農家 浅野雅文さん レモン農家2年目
レモン農家になったきっかけは?
祖母が30年近く前から、この曽保地区でレモン農家をやってきました。
その祖母が高齢になったこと、人に貸していた土地が返ってきたなど、
いろいろなタイミングが重なってきました。
もともと、実家が仁尾町で農家をやってきましたが、
高齢化の波で農家を辞めざる追えない家庭が増えてきている中で、
農業を引き継ぐことで、地域のためにもなるならと、
心機一転、1年前から始めました。
もともと曽保地区は、温州みかんで有名になった土地ですが、
このみかんを持ってきてこの地区に普及をしたのがが、
私の祖父の浅野道史なんです。
この祖父の想いや、地区の農業の火を絶やさないという想いもあります。
レモン農家としての作業は、すべて祖母から教えてもらっています、
現在80歳近くなった祖母は、寒い季節には、外に出るのが厳しくなってきましたが
一緒に作業をして教えてもらています。
30年前から仁尾でレモン?
最近の健康ブームや消費者の嗜好が、国産レモンが注目されていますが、
私の祖母が作り始めた30年前には、ただ祖母の『作りたい』という
純粋な想いだけだったようです。
30年の歴史が重なってきて、今の時代とマッチして、
今いい流れができてきたときに、この畑を受けつくことができたんだなと感じています。
30年、祖母がレモンを力を入れてやっていましたので、
今は、レモンを中心にやっていきたという想いがあります。
レモンの木とは?
もともとはこの畑には、温州みかんが植わっていましたが、
接ぎ木をしてレモンの木に変身させるということをやってきました。
大体、接ぎ木をしてから3〜5年くらいかけて、レモンに変身させていきます。
今、30年前に接ぎ木した木が、レモンの実をつけてくれているということになります。
曽保レモンのセールスポイントは?
他の地区との違いということでは、収穫の方法の違いとして、
ある程度木で完熟させるということにしているので、
よそのレモンよりも少し大きめに育っているのではないかと思っています。
(黄色くなるまで、木で待ってあげます)
国産レモンは緑色のイメージがあるのではないかと思います。
でも、この畑では、一つ一つの生育状態を見ながら、
木に生らした状態のまま完熟に育てているので、
大きく、色も黄色になるまで待って、収穫しています。
広島、愛媛のほうは、温州みかんよりももう少し大きな中晩柑の木に、
接ぎ木をしてレモンの木に変身させています。
なので、そういった違いもあるので、数値で証明されているわけではありませんが、
曽保のレモンには、この土地で育ったレモンの味があると感じています。
実際、お客さんからは、レモンの酸味はあるんだけれど、
そのあとに、柑橘系の『甘さ』を感じるという声も、いただいています。
ということで、浅野さんのレモン・・・、気になりますよね!?
これからの想いについて、また続きのブログでご紹介します。
お楽しみに!!!
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みかんの産地で有名な仁尾町曽保地区
*みかんの里のご紹介記事はこちら