2020年09月13日

終戦75年:詫間から飛び立った特攻隊

 ショウタロウです。
 終戦記念日も一月以上も前に過ぎましたが、今年は終戦75周年でしたね。


 全国民が巻き込まれた太平洋戦争。その痕跡は三豊にも残っています。
 荘内半島の香川高専の詫間キャンパスの手前にある小さな公園がそうです。



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(右側に記念碑と小さな公園、左側に防空壕があります)


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 こちらが公園にある記念碑です。
「詫間海軍航空隊跡」と書かれていますね。こちらの航空隊は地元住民の強制移転により作られた基地でした。


 現在、かつての基地の跡としては、防空壕の跡や
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海辺には滑走路の跡が残っていますが、その他の痕跡はほとんど残っていません。
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 当時、この地に全国から1万人以上の兵士がやってきました。
 そして、その中から特攻隊として沖縄の空に飛び立っていった人たちがいました。
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(鹿児島の指宿基地に向けて飛び立つ零式水上偵察機)

 特攻隊というと鹿児島の知覧や鹿屋がよく知られていますが、三豊の地から飛び立った神風(しんぷう)特別攻撃隊「琴平水心隊」は同じ鹿児島の指宿を経由して特攻出撃していきました。

 特攻に使われた飛行機というと「ゼロ戦(零式戦闘機)」などが思い浮かびますが、琴平水心隊で使われたのは水上偵察機でした。

 ただでさえ速度が遅い水上偵察機に、重い爆弾を抱えて飛ぶ勝算の低い作戦に302人(誘導部隊含む)もの兵士が飛び立っていきました。

 特攻はもちろん、戦争は決して起こしてはいけないことですが、時に私達はそのことを忘れてしまいそうになることもあります。

 平和の尊さを思い出せさてくれる小さな公園が三豊にはあります。



⬛詫間海軍航空隊跡
 住所:三豊市詫間町香田



posted by ほんまモンリポーター at 06:32| 香川 ☁| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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