こんにちは、ショウタロウです。
香川大学公開講座ジオガイドが案内する讃岐ジオサイト・「爺神山と汐木山(三豊市)」
の後編です。
〇前編はこちら
お昼を済ませて、午後からはかつての古三野津湾の痕跡を巡ります。
宗吉かわらの里展示館を出発して、汐木山の麓に向かいます。
(汐木山遠景:写真は香川大学長谷川研究室提供)
上の写真は資料館を出てすぐのところから撮影したものですが、歩いてみるとなだらかに下っていることが分かります。
実は、この斜面がかつての海の渚だったということなのです。
(ジオガイドの前川さん(左):写真は香川大学長谷川研究室提供)
現在田んぼや畑が広がっている平坦地はすべて海だったのですね。やはり宗吉瓦窯跡が海に面していて、瓦の運搬にとても都合が良かった(陸地を運ぶよりも楽)ということが大きかったようです。
(写真は香川大学長谷川研究室提供)
ちなみに古三野津湾の大規模な干拓は1600年代に行われたそうですが、干拓で有名なオランダ(国土の1/4が海より低い)の大きな干拓事業よりも早く着手されたそうです。それほど大規模な工事が行えたのには入口が狭い古三野津湾の形も大きく影響したそうです。
(ほ場整備事業の記念碑)
こちらは、圃場整備事業の記念碑です。干拓後にも水に浸かることを防ぐための排水など、なみなみならぬ先人のご苦労があって今の田畑があるのですね。
(津波の潮位を示すサイン:写真は香川大学長谷川研究室提供)
汐木山の麓には津波の潮位を示すサインがありました。もともと海だったのですから、十分注意が必要ですね。ジオのツアーは防災の学びも大きいです。
(大きな燈籠:写真は香川大学長谷川研究室提供)
こちらの大燈籠は移設されたもののようですが、かつての港の目印として使われていたものです。
(汐木港跡:写真は香川大学長谷川研究室提供)
ちゃんと解説板もありますよ。
こちらは汐木地区から詫間に抜ける運河沿いの道です。
(写真は香川大学長谷川研究室提供)
ここは両側が運河(道の右)と堀(道の左)のようになっていて、左(内陸)側には運河へと水を排水するポンプもあります。
もともと海だったところを維持しながら活用するのはやはり大変なことです。
それでもやはり私達が生きていくためには、農作物など食料を作ることが最優先ですものね。
(写真は香川大学長谷川研究室提供)
こちらが詫間の的場橋かつて回転橋だった橋です。
「回転していた!?的場(まとば)橋」(記事はこちら)
運河を通って、港に出入りする船のために回転していたのだそうです。ガイドの前川さんの調査ではお相撲さんあがりの怪力の人が橋を回転させていたとか…どんなふうにしていたのでしょうね!
(高地蔵:写真は香川大学長谷川研究室提供)
さて、最後の訪問箇所は詫間町松崎地区の「高地蔵」です。
吉野川流域にはよく見られるそうですが、洪水時に水没しないように台座を高くしたものです。
もともとはすぐ近くの場所にあったものがこの秋に移設され、台座も低くなっていました。
(移設前の高地蔵:2020年6月)
お地蔵様もそうですが、移設された墓地もよく見ると周囲より高い土地になっています。
ご先祖様が流されないように高い場所に墓地を選んだのでしょうね。
ここから詫間駅に向かい、電車で高瀬駅に戻って終了、という見どころ満載のジオツアーでした。
今ある風景が作られた経緯や歴史を台地の地形や地質から読み解くというのは、想像力も掻き立てられてとっても面白かったですよ。
地元の方には見慣れた風景だけに、意外性や面白さもより一層感じられるのではないでしょうか。これからの展開が楽しみです!!
⬛香川大学長谷川研究室(讃岐ジオサイト探訪)
ありがとうございました!